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風邪は鍼で治るか?
 

<かぜ・インフルエンザの鍼灸治療>

 
この冬もインフルエンザが大流行しました。私自身もやられましたが、風邪・インフルの患者さんも、たくさん見えました。一部、インフルエンザは感染するから治療したくない、という意見もありますが、怖がっていても仕方がないし、30分ていど接触したところでうつるものでもないでしょう、ということで当院ではふつうに治療しております。
 

〔 18才 男性 〕

( 初 診 ) ひと月半前にかぜを引いたのが治らないまま、気管支炎となった。一か月前から咳が止まらない。少し前までは咳のために夜間不眠だったが、母親に鍼が効くと言われて、いっしょに来院した。鍼治療は、はじめて。
 
( 脈 )  浮 運動して身体を鍛えているので、身体壮健だが、診察のあいだも咳が出つづける。
( 治  療 ) 浮いた脈を沈めるため太白、太淵を取る。咳に対しては尺沢、照海を取る。運よく、ここまでで咳がおさまる。背部は、肩甲間部のはりを緩めるために、気海を取り、肺兪に灸をすえる。
 
咳が止まって楽になり、深い呼吸ができるようになったとのこと。後日、母親から「治療の後に、食事をして店を出るころには、目の二重がはっきりとしており、本人も身体が全然違う~、と言っていました」という葉書をいただきました。
 

〔 51才 男性 鍼灸師 〕

( 初  診 ) 子供から風邪をうつされた。2,3日前までが最盛期で、鼻水がひどい。ほかに頸から背中がつっぱる。この患者さんは、友人ではない同業者です。今度、私が風邪を引いたときには、ぜひお願いしますと頼みました。
 
( 脈 )  浮、数、右寸弱の肺虚証 
( 治  療 ) 太陰を補う本治方ののち、頸背を緩めるために上・次リョウ穴を取る。
    治療が終わった後は、ずいぶんと身体が楽になったという。
 

〔 70才 女性 〕

( 初  診 ) 大勢の風邪・インフルエンザの子供のいる場所で仕事をしているため本人にも感染し、ここ一か月ほど症状が治まりきらない。咳が長く続いたため、胸から腹にかけて捩れるような痛みがある。また、肩甲間部が痛い。
( 治  療 ) 気を引き下げるために三里、咳を静めるために、照海、太淵、尺沢を取る。長くつづく咳のために、恥骨の際まで筋張りがあり、気衝穴を灸で温めてから、細鍼を用いる。全身に鍼が響いて気持ちよいとのこと。胸肋関節が痛むというので、その場所に鍼をしたところ、やはり咳き込みが起こった。こういう時には、やはり患部付近は刺激しないものだと反省。

( 第二診 ) 2日後
咳が半分ていどに治まっている。治療の内容は、前回とほぼ同じ。

( 第三診 ) 一週間後
咳はずいぶん治まり、身体全体が楽になったが、咳き込みだすと止まらないことがある。治療内容は、前回とほぼ同様。大腿内側が痛みはじめて、これが突っ張ると歩けなくなるというので、ここは太めの金鍼を用いる。

 
 
 
 
 

= 風邪についての概論 =

鍼で風邪が治るのですか、とはよく尋ねられることですが、風邪のおこる理屈を、東洋医学的に理解していれば、無理なことではありません。

いっぱんに「風邪(かぜ)」と呼ばれるものは、中国医学でいう六淫の外邪(風・寒・暑・湿・燥・火)が、文字どおり外から人間のなかに入って、熱や咳、寒気や頭痛を引き起こすものです。

この場合の「風邪ふうじゃ」とは、要するに風にあたって体が冷えるということです。身体に冷えが入ると、身体は冷えを追い出そうと発熱します。その結果、冷えは身体から出てゆき、熱は汗とともに身体を去ります。熱 ⇒ 冷え、水(汗) ⇒ 熱 という、まことに哲学的な攻撃方法で人間は「かぜ」を治すことになるわけですが、これが古代医学の考え方です。

ですから、鍼灸治療で風邪が治せるというのは、鍼灸医学の理屈が理解できていて、その通りに鍼が扱えるということで、風邪が治せたら中級の入り口ていどの腕前といえるのではと思います。

 

= かぜの経過 =

 

もう少し冷えと熱の問題を考えると、古代医学のかぜの考え方がよく分かります。

① はじめは寒気がして体がふるえ、熱は出ません・・・冷えが体に入ったところ
② 次に熱が出て、身体か熱くなります。この熱で冷えを追い出すわけですが、冷えの方が強い、あるいは身体が万全でないと、冷えは体の中にどんどん入って来ます。
そうなると、以下の経過をたどることになります。

③ まず冷えと体の熱の攻防は、体の表面・上方で行われるため、頸肩が凝り、頭痛がおこります。

④ ③で治らなければ、喉が痛み、咳が出ます・・・冷えが体の少し深くに入るので、攻防の場所も深部になる

⑤ 次には身体じゅうの太い筋肉や、大きな関節が痛みます・・・さらに深部まで冷えがやって来るので、せめぎ合いが大筋や大関節で行なわれる

⑥ 次には中空臓器である胃腸に入って、症状をおこします。ここまで来ると、発汗して熱を外に出すといったことだけでは冷えを外に出せないこともあるので、和(薬で中和する)・吐(吐かせる)・下(下す)といった方法で、外に出すことも行なわれます。

⑦ 次には実質臓器である肝や腎にまで行くことになりますが、なかなかここまでは行きません。

上のような見方は、傷寒論という医書に書かれている見方で、中国の後漢の時代に確立されました(3世紀ごろ)。ウィルスや細菌を顕微鏡で見つけるということができるようになったのは、近代になってからのことですから、インフルエンザ、赤痢、コレラ、痘瘡、結核、ペスト、梅毒などのウィルスや細菌によっておこる病気も、同じ経過の中に見ようとしていたようです。ただし「風邪」やインフルエンザていどのものは外邪ですが、もっと爆発的な威力をもったものは、疫、癘と呼んで恐れられました。

さて鍼灸での実際ですが、基本的に脈が浮いているので、陰気を補うために太陰を補います。熱が上方にあつまっているもの(②,③)は、頭部から発散させるために髪際や、天柱、風池といった穴を瀉します。熱がまだ出ていないもの(①)は、大抒穴に灸をするなどして熱を出させます。

咳が出ているもの(④)は、尺沢、太淵などを取って咳を鎮めます。喉が痛んで高熱が出ているものは、井穴を瀉せば熱が下がります。

関節、太い筋腹が熱で痛むもの(⑤)は、四肢の末に近いところを通刺して熱を引きます。関節に直接に細めの鍼をして、熱を瀉すこともあります。

⑥は胃腸を動かすことが肝要になりますので、百会、内庭、行間穴といった穴を用いて、胃腸症状の改善をはかります。

 
 
 
 
 

<内藤希哲「医経解惑論」に書かれた、邪熱の発生機序 >

 

素問、霊枢の訓読会で、熱に関する諸編を読む機会があったので、傷寒論が書かれる以前の考えに、まとめて触れることができた。また、寒邪や風邪に身体が傷られたさいに発生する邪熱が、どのような機序で発生するのかについても、当時の医家の考えを知ることができた。

素問の熱症状に関する諸編は、熱論31、刺熱論32、評熱論33、霊枢では寒熱病21、熱病23 にまとめられており、その中でも、身体が寒邪に傷られて発熱するという症状に対する論は熱論31、刺熱論32におさめられている。

この寒邪の侵襲によって邪熱が発生する機序については、当時の医家たちもどのように説明すべきか悩みがあったようで、森立之は「素問攷注」に、内藤希哲の説がもっとも合理的な説明だろうということで引いている。

内藤希哲の「医経解惑論」にいわく、
「諸陽之氣、皆從内而達外。故外傷於寒、則陽氣不能發達於外。而邪欲破陽、内入。陽欲拒邪、外出。正邪互爭、乃邪怫鬱爲熱也」
諸陽の氣は、みな内より外に出ようとする。ところが外から寒邪に傷られると、陽氣は外に広がれなくなる。それでも寒邪は陽氣を破って、内に入ろうとし、陽氣は寒邪を拒んで、外に出ようとする。ここで正氣(体の陽氣)と邪氣が互いに爭うことになり、邪氣は怫鬱して熱となる。

現代風にいえば、ウィルスや病原菌と身体が戦っている結果の熱だということになるが、漢代の考えは実体のある菌やウィルスではなく、あくまでも寒気や冷気に身体が侵襲されるということである。

治療の実際においては、ウイルス性のものであれ、身体が冷えて感冒症状を呈しているものであれ、大きな変わりはない。「怫鬱」して内に滞っている熱をいかに解消するかということになる。そうした邪熱が流れ去れば、体の機能は回復して、かぜやインフルエンザからの回復も促されるということになる。感冒やインフルエンザ罹患時に、解熱剤や止瀉剤を用いることの不合理は現在でもいわれるが、それを考えれば、内藤希哲の論も古色蒼然たりとばかりはいえないだろう。

希哲は信州の医家で、元禄時代の人。少時より医にばけみ、江戸に出て傷寒論の古典研究と臨床にうちこみ「医経解惑論」「傷寒雑病論類編」を著わしたが、35才の若さで病気に没したという。

 
風邪・鍼灸
 
 
 

≪ すみません、ウィルス性の風邪でした ≫

肩甲骨の内側のてっぺんの肩凝りは、とてもイヤなものです。凝りと痛みが合わさって、常に手がそこへ伸びます。これを読んでいる人の中にも、少なからず経験者がいるのではないでしょうか。ツボの名前は「肩外兪(けんがいゆ)」といいますが、名前など分かったところで解決するものでもありません。

先日は、この痛みがこじれて、身もだえするほどになった患者さんが来院しました(40代前半、女性)。頭痛までひどくなったので、ペイン・クリニックにまで行ったそうですが、どうにもならなかったところ、お父上が当院を紹介してくださったということでした。肩こりぐらいで大袈裟な、と思うかもしれませんが、ひどくなると実際に居ても立ってもいられなくなります。

当初、私は頭蓋骨の位置に問題があるのだろうと思っていました。肩の痛みは左でしたが、頭蓋が異様に右に傾いていたのです。初日にそれを治したところ、痛みが2割程度なおりましたが、そのつぎに痛んだのは、胸椎の第一番、大抒(だいじょ)というツボでした。ここは背中から頭にゆく経脈、胸にゆく脈、肩を通って腕にゆく脈の三つが交差する大きな交差点のようなところです。

大通りまで出てきたのだからもう大丈夫だろうと思っていましたが、今度は肩甲間部の筋肉が痛み、やはり倦怠感が強いといいます。私は首をひねりつつ、痛む部分に深めに鍼をしました。

そうこうしているうちに今度は、私の肩外兪が痛みだしました。まったく身に覚えのない痛みで原因も不明ですが、患者さんとシンクロしています。翌日、ふつうに仕事をして帰宅すると、起きていられないほど体がだるくなって、子供とも遊んでいられません。完全に患者さんとシンクロしています。

そのまま寝てしまいましたが、夜中に汗をかいて目覚めました。ウィルス性の風邪(かぜ)だったのです。風邪(ふうじゃ)が体に入って、肩外兪に痛みを起すということを、私も身をもって経験しました。風邪(かぜ・ふうじゃ)というのは、寒邪(かんじゃ)ほどではない冷えが体に侵入したものをいいますが、ウィルス性の感冒も症状が似いてるので、風邪といいます。そしてこれは、中国医学の考え方では、太陽經脈から症状をあらわします。そして肩外兪も、太陽小腸経にある經脈なのです。

ウィルス性の感冒なら、患者さんとシンクロするわけですね…