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難治症・希少症例
 

3. ≪アトピー性皮膚炎に対する鍼灸治療

 

鍼灸の最大の利点は、身体の全体調整が簡便にできることである。
全体調整とは、気血の調整、そして五臓どうしのバランス調整である。平たくいえば、身体を流れる気と血を体の深部・体表ともにバランス良くめぐらせることで病的症状をおこしている箇所の回復を容易にすることができる。これが気血栄衛の調整であり、五臓の調整とは、人間の体にある五つの性質の働きを、バランスのとれた本来の働きに戻すことである。
アトピー性皮膚炎のように、長い時間をかけて患者の体をいじめ、またその治療の過程でも体に負担を強いてきたものは、心身を極力バランスの取れた状態に戻してやることでしか完治させられない。まさに本人の自然治癒力に頼ることが、唯一の完治の道であるといえる。

この患者さんは、26才の時当院で治療をはじめ、二年半かかって虚仮の一念で治しきった稀有な患者さんである。治療者側から見ても、いつなくなって治療を諦めても不思議ではなかったが、幸いにして通院してくれた。私に治療の自信を与えてくれた意味でも、感謝すべき患者さんである。

 

【患 者】  26才・女性
 

【病歴・病状】

 3才頃からアトピーが出はじめたが、高校時には治っていた。大学を卒業後、仕事を始めて再発してから3年になる。皮膚科でアトピー性用のステロイド・ホルモン剤を使用したり漢方を試したりしたが治りきらない。一時、軟膏を使用したところ皮膚が黒ずみはじめ、これではいけないと一念発起して鍼灸院を訪れた。

 病状は、①顔面の上半分の肌が赤黒く炎症を起こしている状態。調子が悪い時には、表皮が白くはがれる。
②頸の周囲から肩にかけて、赤く炎症を起こし、悪い時には白くはがれるか、象皮様となる。
③腹部は、乳房下、下腹部両側などの炎症が特にひどく、その他は点状に赤く炎症が広がる。
④背・腰臀部が最もひどく、全体的に赤く盛り上がった炎症を起こしている。ひどい時は、それぞれが破れて、血の混じった滲出液が出る。
⑤肘窩・膝窩、腕・足もよく見られるような炎症状態。
また疲労時は喉がつまり、肌だけでなく、目も痒くなる。のぼせた状態で、手足が冷える。

 
【治 療】
アトピー性皮膚炎は、表熱を寫し、内の鬱熱を外へ出す治療をするしかない。ただし中の鬱熱は、冷えを追い出そうとして体が起こしている熱である。したがって表皮を開き、体の中は、むしろ温めなければならない。
通院は原則として週一回とし、初めのうちは2回来てもらうようにした。
 

■治療初期(1~3ヶ月)
のぼせ・目の痒みが改善。ただし、仕事が夜勤になるときには悪化。調子の良いときは、顔・腕など白い。治療開始当時なかった月経も始まった。
私の課題としては、左右の大巨穴にある圧痛を内熱=冷えの指標としていたので、なんとかこれを和らげるように努力していたが、実らなかった。

■経過Ⅰ(4ヶ月~1年経過)
この間は、調子の良いときは、背中はきれいになっていたが、臀部だけは赤く荒れたままで、ひどいときには盛り上がって、滲出液が染み出していた。
精神ストレスが、直接影響することが多く、とくに額にそれが顕著に現れた。
腹症も、顕著な変化はなし。

■経過Ⅱ(初診から1年~2年経過)
この期間の前半、治療としては、上肢陽明経に寫法をほどこすことを中心に行なった。
患者自身もサウナに通ったり、漢方薬を探したり、私の恩師である伊藤瑞凰先生のもとへ治療に出かけたり、様々な模索をしていた。
伊藤先生は以前より、アトピー性皮膚炎の治療にザン鍼と竹の節に粗艾をつめたもの=「竹の輪灸」を多用しておいでだった。私も、先生ご自身の口からこれを聞き、また研究会でもその実際を目の当たりにしていたのだが、あまりに簡易な道具なので、これを以て補寫ひと通り手技をする自信がなかった。
しかしながら、伊藤先生の治療に行った後の患者の様子を見ると、明らかに改善しているのである。これには打ちのめされた。
その結果、私自身も、使いこなせないと言ってはいられなくなったのである。
先生は同時に、木酢液・竹酢液も治療に活用しておられた。
患者さんに伊藤先生のザン鍼のタッチや木酢液の使い方を詳しく聞き、聞いたままに使いはじめたのが、治療開始より1年半経過したころである。
この間も全般的に見ると、調子の良い時は、臀部を除いては炎症が引いていたが、ストレスがかかったり、夜勤・飲酒の翌日などは顕著に悪化するという繰返しで、けっして快方に向かっているという実感はないのが現状だった。

■経過Ⅲ(2年目~)
ザン鍼と「竹の輪灸」を使いはじめて、効果が目に見え出したのは半年経ってからであった。
まず、額がはっきりと白くなり、背部・臀部が悪いままだった。手足も、大きな炎症部分があるが、これは内熱の出口なので、開けておいて構わないものと自信がもてるような調子になった。したがって、ここで直接皮膚に施灸しても悪化しないと予想できるようになり、事実、半米粒大の灸で、きちんと寫法の効果が出せるまでに、患者さんの体は戻っていた。  また、大巨の圧痛治療のために然谷穴を取るようにしたのも、改善に大いに役立っていたと考えられる。

 この患者さんは、この後みずから鍼灸師になるための勉強をはじめて現在に至っている。そのきっかけとなったのは、無論のこと伊藤先生の治療であるが、アトピー性皮膚炎のような難しい治療が、私のような者にも可能であるという自信を与えてもらった意義は非常に大きかった。深く感謝している患者さんである。