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< 赤 い フ ィ ラ メ ン ト の 恐 怖 >

 

 岩名氏の踊りを二度目に見たのは日仏会館だった。江戸川乱歩の「芋虫」に想を得たものであったろうと思う。岩名氏はその女主人公を踊ったのだと思うが、踊りの印象はすでに薄くなった。
何にも増して憶えているのは、最後に燃え残った、裸電球の赤いフィラメントだった。
踊り手はいつもどおり、爪先立ちを耐えに耐えた。
浴衣姿で、アイシャドウを赤く塗っていたのを覚えている。
爪先立ちが崩れて床に伸びたのか、倒れたのか。
ゆっくり立ち上がると踊り手は舞台から去っていった。それにつれて舞台の照明がゆっくりと暗くなり、最後に100ワットの球形の裸電球がひとつ燃え残った。
電球は、暗闇の中で輝かしく光を放っていた。
ガラスを透してタングステンの放つ光が、四方に射していた。
やがてそれも、ゆっくりと光を弱めていった。
しろい光に、徐々にオレンジ色が混じり、赤い色が混じっていった。
光のとどく範囲を狭めていった電球は、やがてその周り1メートルほどを照らすだけのものになった。
電球はすでに赤黒い物体である。
ここからが長く、恐ろしい時間だった。
さらにゆっくりとフィラメントに流れる電流は弱めれ、ガラスの中を満たす光もなくなっていった。
最後に燃え残っているのはフィラメントだけである。
そのフィラメントに、照明を操作する男の呼吸が通っていた。
フィラメントは、次には黄色くなり、オレンジ色になった。
最後には、一条の赤い線になり、赤黒い燃え残りになった。
その線の両端からさらに黒く変色し、真ん中の一点だけが赤黒い点になっていた。
3,40人の観客が、その消えなんとする赤黒い光を見つめていた。
私も息をつめてその光を見ていた。やがて消える光に心を奪われながら、私は心底恐ろしいと感じていた。
そしてその赤黒い一点も、闇に溶けて消えた。

 しばらく暗い中で待たされたはずである。誰かが咳ばらいをして、誰かの身を動かす衣擦れの音がしたはずである。私は現実の音と、今見たものとの距離を、ゆっくりと測り直していたはずである。
やがてゆっくりと客席の明かりが灯って、本日の主人公が現れ、身を屈して別れを告げたが、その時には、私は人間の生身などどうでもよかった。
美とは、金のかかったものではない。物を見る目の確かさだということを、この夜も私は嫌と言うほど思いしらされた。